「ごはん屋ななつぼし」という我が子
ごはん屋ななつぼし
藤井朋枝さん
2020.12.22 UP
加西市北条町のまちなかにある「ごはん屋ななつぼし」。広々とした居心地のいい空間で、地元の野菜をたっぷりと楽しめるのが魅力の“ごはん屋”だ。
店長を務めるのは、ごはんを作っているときも食べているときも、真剣なまなざしと確かな分析力が印象的な藤井朋枝さん。長年福祉施設の栄養士として働いていた彼女は、きっと根っからの料理好きなのだろうと思った。
一度は断った実店舗への道
実店舗を持つまでの間も、レンタルキッチンなどに出店して定食やおやつなどを提供していた。こういった活動は10年くらい前から続けているのだそう。
「ごはん作りは栄養士の仕事として日々やってきたこと」。それを自分の活動としてお客さんに出すのは、好きにできることが多く楽しかった。
「ごはん屋ななつぼし」という屋号を掲げて出店していると、今の店舗施設を運営している社会福祉法人「ゆたか会」からお店を出さないかと声がかかった。
しかし、藤井さんは一度誘いを断る。家庭の事情もあり自分にはできないと思っての判断だ。
「でも断ったとき、なんとなく寂しい気持ちになったんですよね。もし他の誰かがこの話を受けたら、と想像すると悔しい気持ちにもなりました」寂しい、悔しい。その気持ちの芽生え方が、自分の芯をはっきりと持つ藤井さんらしい。
これが火種となり、その後も声をかけ続けた「ゆたか会」の熱意もあって、「ごはん屋ななつぼし」は2020年4月1日に実店舗をオープンさせることとなった。
子どもの頃から身近な料理を仕事に
就職してからずっと栄養士として働いていたという藤井さんだが、意外にも最初から栄養士を目指していたわけではないのだという。
「本当はパン屋さんをやりたかったんです。何かをこねてもの作りするのが好きで、でも親に反対されて……」
料理は子どもの時から身近なもの。両親が共働きだったため、自分のごはんを作ることは当たり前。学校に持って行くお弁当も自分で作っていたそう。
給食の仕事をしていた母親の影響もあり、高校卒業後の進路を料理にかかわる仕事に定めるのも、自然なことだった。
「いろいろ考えたけど、仕事に困らないのはパン屋さんや料理人よりも栄養士の方。将来的なことも考えて、自分の行く方向はそっちかな、と思って」
やりたいことよりも、安定を目指して就いた栄養士の仕事。安定した方に行ってしまうのが自分の弱いところなんですけど、と呟く藤井さん。
だが、「しんどいことがあっても、やめるのは納得してから」という強い芯を持った彼女のごはんは、食べた人を豊かな気持ちにさせているはずだ。
「地域の野菜は、おいしいんです!」
オレンジ色の壁紙にフロアタイル、ナチュラルウッドテイストの家具。あたたかい光が降りそそぐ、大きな窓。本棚には「陽文庫」の販売する古本が並び、料理を待つ間についつい手に取って読み始めてしまう。
車イスやベビーカーでも通りやすいように十分なスペースが空いている店内には、“おもてなし”の心が随所に感じられた。
メニューのこだわりは、発酵食品と地元の素材を使うこと。1日25食限定、内容は週替わりの看板メニュー「ななつぼし定食」には味噌や麹、醤油などの発酵食品を使った料理と旬の野菜料理が必ず入っており、厨房からは食欲をそそる匂いが漂う。
野菜を仕入れているのは、地元の農家から。生産者の顔が見えるようにしたいと思い続け、それを自ら叶えた。
地元の素材へのこだわりについて尋ねると、「地域の野菜は、おいしいんです!」と言葉に熱がこもった。
「おいしいから、それをきちんと感じられるお料理にしたい。素材の味を大事にしたい」ただおいしい料理を提供するだけではない。生産者の想いや、こんなにおいしいものがあるんだという地域への愛着を届けたい。その強い想いは、料理を通してしっかりと伝わってくる。
余裕のあるときは、レジでお食事の感想を尋ねている。これは一つの技だと思うんです、と笑う藤井さん。麹のお漬物や味噌汁、玄米、ハンバーグなど、おいしかったものをお客さんが教えてくれるそう。メニューの反響は上々だ。
確かな芯の強さで夢を広げていく
今後は席数と用意する定食の数を増やすことや、メニューの拡大も考えている。酵素ドリンクやレンタルキッチンの出店で好評だったおはぎを出したい、ゆくゆくはごはんのメニューも増やせたら……まだまだ夢は広がっていくばかりだ。
「ななつぼしは、私の子どもみたいなもの。『ゆたか会』の力を借りて、この子を大学まで行かせてもらったような感じですね」と優しい母の笑顔。子の成長過程には、数多くの苦労があったに違いない。
もしも、これから何か始める人に声をかけるなら。「何でもやれ、とは言えないですけど、まずは自分のできることを始めてみたら何か開けるんじゃないでしょうか。考えるよりも行動ですね」少し考えてからこう答えてくれた。
「さまざまな失敗やたくさんのしんどいこと、ときには人が見てないような地道な仕事もあります。でも、マイナスに思えるようなことでも、そのすべてが血となり肉となり、今につながるんです。人との出会いも、良いこと、悪いこともすべて。どんなときでも、頭の片隅でいいので、なりたい自分のイメージを持ちつづけていること。それが大切なんだと思います」。
藤井さん自身も、自分のしたいこと、できることをやり続けた結果、今ここに立っている。
素敵なものと自分をついつい比べて落ち込んでしまうけれど、真似してみても同じものにはならない。結局は自分の中にあるものしか出せないと気付いたが、それが悪いことではないのだという。
「挫折挫折、というか転びまくってますね(笑)」と笑い飛ばす藤井さんは、何よりも強い“自分の芯”を確かに持っているのだと感じた。
料理のおいしさはもちろん、藤井さんの実直な人柄があるからこそ地域の人々に愛されて育ってきた「ごはん屋ななつぼし」。今後どう育っていくのか、これからも目が離せない。