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加西の人々

人に支えられ、人のために走り続ける

深田美香さん

はりまのちっちゃな台所

2021.01.25 UP

加西市内にあるバイキングレストラン「えぇもん王国」におじゃますると、はつらつとした女性が出迎えてくれた。経営者の深田美香さんだ。飲食店のほかにヘアカラー専門店、ユニフォーム製作も手がけ、市からは婚活事業の窓口を任されている。

「なんとかしないと」からはじまった土台固めの10年

加西に生まれ、洋服店をはじめた祖父と事業を広げた父の背中を見て育った。大学時代は県外で過ごしたが、地元が好きでUターンし、従業員として家業を手伝うことに。

転機は2009年。市内に商業施設ができることになり、洋服だけではやっていけないからと、店舗を改装して飲食店を構えた。それが「えぇもん王国」だ。

経営を任されたものの、飲食店のノウハウはゼロ。「なんとかしないと」と考えたのが、効率のよいバイキングだった。でも、やるならほかにないことをやりたい。スタッフは主婦、つまり家庭料理のプロぞろい。土地の肥えた北播磨地域は育つ野菜もおいしい。それなら、地元の新鮮野菜をふんだんに使った手作りにこだわろうと思った。

近隣農家に足を運び、生産者とのつながりをつくった。お昼どきに並ぶサラダや煮物、炒め物など約30種の料理には、深田さんが惚れ込んだ野菜や果物が使われている。農産物と加工品を扱う販売所も併設した。なかでも、市内の農家から届くトマトとイチゴは、甘くておいしいと好評だ。

こだわりは、もうひとつある。子どもからお年寄りまで3世代が交流できる場であること。「子連れママがゆっくりおしゃべりできる場所って、街中にはなかなかないから」と、キッズスペースもつくった。
そうやって、地道に土台を固めてきた。

休日の店内は家族連れでにぎわい、朝はいっぱいだった販売所の棚は夕方には空に。でも、「店がうまく回り出したのは、ここ最近。10年経ってようやくです。それまではほんとに大変でした」と、深田さんは口にする。

“試されごと”が集まってくる

本格的に会社を引き継いだ4年前。経営に奔走するなか、美容サロンを営む妹から、その後の運営を託された。しかたなく引き受けたが、「やるなら時代に合うものを」とヘアカラーを学び、専門店を新たにスタートさせた。
翌年には、市が推進する婚活事業「加西市出逢いサポートセンター」の運営に名乗り出た。深田さんが副団長を務める市民団体「播州いのべ~団」では以前から、えぇもん王国の店内を会場に婚活イベントを開催しており、この機会にさらに地域に貢献したいと考えたからだ。
さらに、洋服店時代のノウハウを活かし、チームTシャツなどのユニフォーム製作も並行しておこなっている。

自分のことで手一杯でも、頼まれごとは断らないし、自分にできることは引き受ける。それは、「軌道に乗るまでの10年間、いろんな人に助けてもらった」から。「どんな状況でも、知恵を絞ればなんとかなるし、人脈も広がりますから」と、頼もしい笑顔だ。

大きな支えになったのは、実業家・中村文昭さんの講演で出合った「頼まれごとは試されごと」という言葉。ちょうど頼まれた仕事を受けるか悩んでいた時だった。そのモヤモヤした気持ちを中村さんに話してみると、「人があなたに頼むのは、その人があなたを信頼しているから」と答えてくれたそうだ。
「すごく響きましたね。だからスタッフにも、頼まれたら引き受けるようにって話してます」。

情に厚い人柄と逃げない姿勢が 「この人なら」と思わせ、“試されごと”が彼女のもとへ集まってくるのだろう。

新たな挑戦が次のステージへのステップに

そんななか、深田さんに新たな挑戦の場が用意された。地元播磨農業高校の生徒がプロデュースするレストラン「はりまのちっちゃな台所」の経営を担うことになったのだ。 

生まれ育った北条町の空き店舗を活用すると聞き、ふるさとの力になりたいと思った。父には反対されたが、反対されると意地でもがんばりたくなる。えぇもん王国で土台を築いてきたことも後押しとなった。

農業高校が栽培に力を入れる蕎麦に目をつけ、当時市内ではなかった蕎麦屋としてオープンすることに。でも深田さん、もともと蕎麦は好きではなかったという。
「どちらかというと、うどん派でしたね(笑) でも、新しいことをやらないとお客さんは来てくれない」。

やるならとことん本気で。同級生に紹介してもらった京都の老舗蕎麦屋でダシの取りかたを学んだ。週1回、午前2時に家を出て京都まで通い、明け方から修行がはじまる。そんな日々が3か月ほど続いたのち、2019年6月に看板を上げた。

コンセプトは、多世代が集い、くつろげる場。木のぬくもりあふれる空間では、メインの蕎麦とともに彩り豊かな手作りのお総菜が味わえる。

オープンから1年半。「ありがたいことに毎日忙しいです。コンセプトを持って店づくりから取り組むと、お客さんにも伝わりますね。チャレンジしてよかった。今では父もよく来てくれますよ」。

この挑戦が、次のステージへとつながった。「頼まれごとじゃなく、自分からやりたいと思えることができました」。
それは、えぇもん王国のリニューアル。「これまでの経験を活かして、テコ入れする時が来たなって。テイクアウトの充実や、普段使いできるカフェなどを考えてます」。実現に向け、構想を練る日々が続く。

「世間はコロナ一色だけど、こんな時こそ動かないと」。深田さんはいつでも、ピンチをチャンスに変える。


経営の原点は父、その思いを継承したい

商売人である父の血を継ぎ、根っからの経営者気質、かと思いきや、経営視点を鍛えてくれたのは、7年間在籍した商工会議所青年部での経験だったという。
「地域のイベントやセミナーなどの企画運営を学べる貴重な経験でした。自分の殻にこもっていたら気付かなかったことがたくさんあります」。

しかし、経営を背中で見せてくれた父の存在は、やはり大きい。
「父のがんばりを間近で見てきたから、私の代でつぶすわけにはいかない。父の思いを継承していきたい」。そんな決意を胸に秘める。

資金面では母親にも負担をかけた。長女という責任の重さもずしりとのしかかる。不安もある。でも、そんなふうには見せないところが深田さんの魅力だろう。

「地域を盛り上げて、父を喜ばせたいですね」。そう語る目が少し潤んでいたのは、たぶん気のせいではない。

真正面から向き合うことで前へ進む

取材も終わるころ、深田さんを訪ねて一人の青年がやって来た。海外から帰国したので、顔を見せに来たという。すぐに駆け寄りあたたかく迎える姿から、深田さんが人とのつながりを大事にしていることが伝わってくる。それが彼女の慕われるゆえんだろう。

「人に支えてもらったぶん、恩返しをしていきたい」。その気持ちを原動力に走り続ける深田さんだが、深田さん自身だって、たくさんの人の支えになっているのだ。

今後の課題を尋ねると、組織づくりに本腰を入れるという。
「新しいことを取り入れるたび、人手が足りなくなります。その課題を逆手にとって、地域の雇用創出という強みにしていきたいですね」。

人にも仕事にもまっすぐに向き合うその実直さに触れ、背筋が伸びる思いがした。


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