人々の“田舎”として根付く「のの食堂」
福井一乃さん・彩乃さん
のの食堂
2020.12.15 UP
田園風景が広がる中にある、印象的な赤い屋根の古民家。ここは、大阪から加西へ移住した福井一乃さん・彩乃さん姉妹が経営する「のの食堂」だ。
キッチンの中から明るく仲の良い姉妹の笑い声が軽やかに飛び出し、店内をぱあっと染めていく。その楽しげな声を耳にすると、自然と明るい気持ちになれるから不思議なものだ。
だが、二人が生まれ育った都会なら、何でもあって便利な暮らしができるはず。それなのになぜ、加西の“田舎”で食堂を始めたのだろうか?
田舎には、都会にいると感じられないものもある
「『おじいちゃん・おばあちゃんの田舎に帰る』っていうのに憧れがあったんです。私たちは大阪の都会で生まれ育って、父・母もそうだったので」
田舎は何もないと言われるけれど、そんな田舎も悪くない。二人は「何でもある都会の暮らしはもういい」のだという。
ゆっくりとした時間が流れる加西の地で感じた虫の声や、四季それぞれの匂い、温度、空の色といった一つひとつが、彼女たちにとっては新鮮な景色として映る。
「ここにいると、五感を通して季節を楽しめる。実際に住むようになって、やっぱりいいなあ、と思ったこの場所をみんなにも知ってもらいたい」そんな思いのもとで「のの食堂」が動き出した。
家族のぬくもりが詰まった赤い屋根の古民家
今では立派な古民家。しかし、もともとはボロボロの家屋だった。
「自分たちでリノベーションしました。見た目も中身もボロボロで、家がねじれてる!からのスタート。父にはどうしてこんなの買ったんだ!?と言われるくらい(笑)」家がねじれてる、その言葉選びの面白さについついふき出してしまう。
もともと妹の彩乃さんは飲食店をしたいと思っていたが、すぐに始めるつもりはなく「そのうちに」と考えていた。しかし、姉の一乃さんが「やるならここでやればいいんじゃない?」と引っ張っていったことで、ボロボロの家屋は2年の歳月をかけて「のの食堂」へと生まれ変わることになった。
建築に詳しいお父さんの力を借りて、初めは大阪から数時間かけて通いながら作業をしていたという一乃さん。出される「宿題」ができていないと、こっぴどく怒られることもあったのだとか。
こうして自分たちの手で作り上げた「のの食堂」。入り口横の壁やドアに掲げられているのは、一乃さんが描いた「のの食堂」の“横顔”だ。この味のあるロゴが、来店者をあたたかく迎え入れてくれる。
木のぬくもりを感じられるおしゃれな店内には、お父さんのこだわりもテーブルやイスなど随所に反映されている。この赤い屋根の古民家には、姉妹二人だけでなく家族のぬくもりが詰まっているのだ。
喜んでもらえるこだわりの手作り料理に
「のの食堂」で提供しているメニューは、どれもこだわりの手づくり料理。
「メニューには、ハンバーグやからあげなど、家で作るのは面倒だけどよく食べたくなるものを選んでいます。そういうのが喜んでもらえるかなって」メニューの決め方ひとつにも、二人の心配りが垣間見える。
日替わりメニューは「満足できる野菜のごはん」が一つのテーマとなっている。それは自分たちがお肉を食べない生活を実験的に行っており、体の軽さや調子の良さを感じているからなのだそう。
素材はできるだけ添加物のないものを選ぶ。たっぷりの量ではなくとも満足してもらえるようにと、栄養価が高いところを使うためのこだわりだ。
店舗の周りには街灯も少なく、買い物をするお店まで距離があるような立地にもかかわらず、ランチタイムは予約で埋まってしまうことも多い。客層も幅広く、若い学生からママさん、ご近所のおじいちゃんまで、一人客もグループ客もさまざまだ。
「初めてのお客さんでも、うちのから揚げを目当てに来てくださることがあるんです。口コミで拡散してくれる人がいるみたいで。すごいですよね、すごくありがたいこと」
田舎の口コミネットワークは、強固なものだとよく聞く。そんなローカルな輪の中で、連日予約で満席になるほどの人気を博しているのは、「のの食堂」が人々にとっての“田舎”として根付いてきた証なのではないだろうか。
明るく楽しい道を、二人で進んでいく
これから何か始める人に声をかけるなら、「『こんなことをやりたい!』と声を上げ続けることが大事」と答えてくれた。それは自身が声を上げたことで、周りの人々とのさまざまな縁とつながっていった経験からくる言葉だ。
「有言していたら実行できる。大きい声を上げていればきっと何かにつながる。私たちもつながりを作る役割ならできると思うので、ぜひ声をかけてください。がんばって!」
今後やってみたいことを伺うと、「イベントを考えたりとか……楽しいことをやりたいと思っています」と明るい二人らしい答えが返ってきた。魅力がたっぷりと詰まった「のの食堂」は、これからも一乃さん・彩乃さんとともに明るく楽しい道を進んでいくことだろう。
手づくりのイスに腰かけてほっと一息つくと、おじいちゃんの田舎に遊びに来たようなあたたかさが胸に沁み渡っていった。