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加西の人々

農業を軸に人・場所・ものをつなぐ「北本ファーム」

北本奇世司さん・千恵さん

北本ファーム

2020.12.25 UP

90余年以上の歴史を持ち、戦時中も竹やぶの中で生き抜いたというにんにく、ハリマ王にんにくをご存知だろうか。

ずっしりと詰まった実は、からくて、にんにくの香りが高く、うまい。ほかの品種にはなかなか無い強烈なにおいと旨味が特徴的。まさに“王”の名にふさわしいにんにくだ。

「北本ファーム」は、そんな伝統のハリマ王にんにくを今日まで守り続けてきた。2019年から法人化し、専業農家として全国へ在来種の良さを発信する北本奇世司さんは、その四代目にあたる。

農業は生活の中にあるもの

曾祖父の世代から農業を営んでいた北本家にとって、農業はもともと生活の中にあるもの。大変な農作業も、昔から行っている当たり前のことだった。

「子どものときは嫌々ながらやっていましたよ(笑)でも農業は好きだし、野菜をつくったことがない人にも、加西にこんな作物があるんだよ、というのを知ってもらいたい。まちが大きく変わることのない加西は、ゆったりと時が流れていて落ち着くから好きなんです。そんな地元のいいものは、やっぱり消したくない」。

そんな想いを抱えていた奇世司さんは、先代が亡くなった7年前から「北本ファーム」を継ぐことになる。
しばらくはサラリーマンとして働きながら農業を営む兼業農家だったというが、なぜ法人化・専業農家へと歩みを進めたのだろうか。

「やっぱり、兼業農家としてだけじゃいいものをつくれないなと思って。人とのつながりも中途半端になってしまうし……。いろんな人から『ハリマ王にんにく、どう? がんばってる?』と声をかけてもらったこともきっかけになりました」そう朗らかな笑顔で話してくれた。

みんなでいきいきと楽しめるように

にんにくの収穫は年に一度だけだが、刈り取ったあとにも畑は生きる。「北本ファーム」ではにんにく・豆・米と輪作を行っているため、収穫後ひと息つく間もなく土を耕し、植え、育てるというスパイラルが生み出されている。加西の特産品ゴールデンベリーAをはじめとするぶどうも栽培しており、大忙しだ。

ひとつの作物を育てるだけでも大変なのに、そのエネルギーはどこからくるのだろう。聞けば「僕は性格的に追い込まれている方がいいんです(笑)大変でも、楽しくやっていくようにしています。それが面白いんですよ」と笑い飛ばす。次の世代につなぐために少しでもできることがあれば、と話す奇世司さんの目は、いきいきと未来を見据えている。

普段は夫婦二人で、繁忙期には臨時雇用で人を増やして行われる農作業。近所の方が子どもたちを連れて手伝いに来てくれることもある。子どもたちは「楽しかった、また行きたい!」と目を輝かせながら帰っていくのだそう。

「私たちも手伝ってもらえてありがたいですし、お子さんとその親御さんも楽しかった、いい経験できてありがたい、と言ってもらえる。そういう輪を広げていけたらいいなと思います。

農業ってしんどいイメージがあったけど、こうして人の手を借りられると楽しく早くできる。農業は一人ではできないと先代が言っていたのも、こういうことかなとようやく分かりました」妻の千恵さんは、優しげな瞳で語ってくれた。

大切に守るもの、つなぐこと

「北本ファーム」が大切にしている場所がある。「ハリマ王にんにくの元祖が生まれた竹やぶ、ここだけは何があっても続けていく。絶対に守りたい場所。いつかはアスレチックやハーブ園のある公園なんかにできたら楽しそうですね」。

近くで養鶏を行っている方と連携して畑の土に堆肥を入れたり、乗馬クラブなどで処分に困っていた馬糞を使って雑草を抑えたり。自然の素材を使いながら、よりおいしいものをつくるためにと工夫を重ねていく。

加西だけでなく北海道や長崎、沖縄などにも種を送り、暑さ・寒さに耐えられるものができないかと試行錯誤してきた。「寒さ(北海道)はダメだったけど、長崎ではうまくいっているみたい。いつ見に行こうかな」うれしそうな声色に、こちらまで笑顔になる。

スーパーマーケットでよく見るにんにくは、茎が短いものがほとんどだ。しかし、加西の豊かな土壌で育ったハリマ王にんにくは、茎が長いまま販売されている。茎が長いまま乾燥させることで、旨味がぎゅっと詰まっていくのだそう。

「機械ではなく手作業で、これがうちのやり方です。干すときにはにんにくのトンネルをつくって、みんなに通ってもらうのが恒例になっています。『ここを通ったら風邪をひかない!』なんて言って(笑)」。

人々が楽しそうに笑いながらにんにくトンネルをくぐり抜けていく映像が、ぱっと頭に浮かんだ。大変な収穫作業の中でも、こうした“楽しめること”を考えている。そんな北本さん夫婦のもとだからこそ人が集まり、つながりが生まれていくのだろうと感じた。

ハリマ王にんにくに限らず、この土地で育った在来種にはそれぞれ力強い生命力や良さがある。それを大切に守り、子どもたちにもつないでいくこと。それこそが「北本ファーム」の目標であり、役割なのだ。

「次の世代につながっていったら、僕は喫茶店のマスターにでもなろうかな(笑)」と笑う奇世司さん。その言葉が実現した日には、今よりもずっと、加西の地がすてきな場所になっていることだろう。

加西の未来を照らすともしび

やってくる人をあたたかく迎え入れ、自分にできることを模索し続ける二人。農業をやってみようか迷っている人に声をかけるなら、どんな言葉を投げかけるのか尋ねてみた。

「おいしいものあるから、おいで? って言うかな(笑)僕は自分が食べたいもの、食べさせてあげたいものをつくっているし、食べることは基本だと思うので。

加西にはおいしい食べものもいっぱいあるし、人もゆったりしてて『ええよ、ええよ』って言ってくれる空気がある。やってみたいことができる土地だと思うので、まずはおいでよ、って感じかな」。

そう、加西にはこんなにあたたかい人がいる。

気軽に声をかけて迎え入れてくれるような、“頼れるお兄さん”がいる土地なのだ。

こうして人と人とをつなぐ場もつくりたいという奇世司さん。先代も人が集まる場をつくってきた人だった。「今はそのまねごとしかできていないけど、少しずつでもいろんな人やモノとつながっていけたら」。

彼らがいて、その想いをつなぐ人がいる限り、人やモノはきっと集まってくるはずだ。優しい笑顔とあたたかい声のともしびに、地域の未来がふっと明るく照らされたような気がした。


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