続ける、広がる、活気が生まれる「土一七日屋台」
水田健司さん
原始人会 土一七日屋台
2020.12.14 UP
鳥やカエルの鳴き声が響き、山からは鹿や猪が下りてくる。まさに“ど田舎”といった光景が広がる加西の最北端・上万願寺町。
この地に、水田健司さんが店長を務める農家レストラン「土一七日屋台(どいなかやたい)」はある。
生まれも育ちも神戸、今では「土一七日屋台」の店長として料理人を務めている水田さん。だが、初めは「農業がしたい」と加西に来たそうで、そのキャリアに“料理”の文字はなかったというのだから驚きだ。
自然に囲まれ、つくることを楽しむ暮らし
農業高校出身、以前に就いていた仕事も農業関係。加西へ来たのは、大橋農園の大橋麻世さんといっしょに畑をつくりたいと考えていたときに、「土一七日屋台」を運営するNPO法人「原始人会」を紹介されたのがきっかけだった。
「畑をつくろうと思っていたけど、誘われて『土一七日屋台』に。でも、もともと料理は自分の分を簡単に作るくらい(笑)。そんなゼロの状態で来て、料理は教えてもらったり何度も練習したり、自分で調べたりして今では店長をさせてもらっています」。
何も持っていないところからのスタート。だが上手くいけば、自分がひとつレベルアップする。水田さんは、そのやわらかい笑顔と話しぶりからは想像もつかないくらい、チャレンジ精神と好奇心にあふれた人なのだ。
神戸から初めて加西に来たときは、車がないと何もできないことや遊ぶところが少ないことに驚いた。だが、今ではそんな加西の暮らしが好きなのだという。
好きなところを尋ねると「ここならカエルの声を聞きながら寝たり、たまに猪を捕まえて育てたりもできる。薪を使って料理もできるし、楽しいです」とワイルドな回答が返ってきた。
自然が好きで、自分で何かをつくるのが好きだという彼には、この地域での暮らしがぴったり合っているのだろう。
地産地消のメニューにはこだわりと工夫が
「土一七日屋台」のメニューは、猪肉のぼたん鍋やヘルシーな鹿カツ定食、天ぷらと具だくさんのかしわ飯をセットにした女切峠(おなきりとうげ)御膳もある。料理に使われる猪肉や鹿肉は、地元の山で獲れたものを使っているのだそう。
「この辺りは猪や鹿による獣害が多いので猟師さんが獲っているんですが、それをおいしく食べよう、と始まったのがぼたん鍋や鹿カツです。万願寺地域の猟師さんが加工場へ持っていって処理したものを、僕たちが買っています」。
猪肉や鹿肉といったジビエの肉には、くさみがあって食べづらいイメージをもつ人もいるだろう。しかし、ここで提供される肉料理にはそういったクセが感じられない。ジビエに抵抗がある人でも食べやすく、旨味が詰まった猪肉・鹿肉料理をたっぷりと楽しめるのだ。
うまく血抜きし、内臓を傷つけないようにさばく必要がある。「土一七日屋台」では、さらに自家製の甘酒に漬け込むことでくさみを取っている。麹の力で肉が柔らかくなる効果もあるそうで、一石二鳥だ。
こだわっているのはお肉だけではない。野菜も「原始人会」の畑でつくったものや、地元産のものを使うこだわりを大切にしている。
「畑でつくった野菜や、山でつくった原木しいたけがある。今ここにあるものを使ったメニューをつくることも多くて、臨機応変ですね」自分たちの身の回りにある素材をふんだんに使った料理が提供される。まさに地産地消だ。
地域のために活動を続けていく
「土一七日屋台」は、地域の活性化を目的とするNPO法人「原始人会」が運営する事業のひとつだ。
村の中に子どもの声がない、このままでは村が消えてしまう……。それを何とかできないか、と2008年に設立されたのが、「原始人会」だった。
炭焼き用の窯づくりから始まり、さまざまなイベントの開催や古民家民泊の「大谷山荘」、市民農園「しあわせ食材作り隊」、地域を走る交通機関「はっぴーバス」、そして飲食事業としての「土一七日屋台」運営。
こうした活動を通して、加西市だけでなく市外からも集まったメンバーが地域おこしに励んでいる。
しかし、2012年に水田さんが「土一七日屋台」に入った当時は、お客さんはほぼゼロの状態だったという。月に一度、団体客が来るかどうか。自分のご飯だけをつくるような日々が続いたそうだ。
それでも活動を続け、公共交通の便がよくない近隣地域へ弁当の配達や、池に浮かぶ屋形船での食事、焼き窯を使ったピザ焼き体験など、さまざまな展開を見せてきた。よりおいしく素材を楽しんでもらえるようにと、メニューも試行錯誤した。その成果もあり、客足は徐々に伸びていく。
「やっぱり続けていけば、広がっていくのかなと思います。継続することで、応援してくれる人も増えてくる」。
何かを始めることは、ひとつの勇気があれば成し遂げられるかもしれない。だが本当に大切なのは、続けていくことなのだ。和やかに談笑するお客さんの声を遠くで聞きながら、身の引き締まる思いがした。
“循環”をつくり、“村”をつくる
「今取り組もうとしているのは、養鶏。お店のすぐ下の空き地に柵をつくって、ニワトリの平飼いをしようと思っています。ここで“循環”をつくり出したい」。
循環。自然の中にある“農家レストラン”ならではのワードで興味深い。思わず身を乗り出して、詳しくうかがった。
「料理で使わずに捨ててしまう野菜は、ニワトリたちのエサにする。そして育ったニワトリたちが産む健康な卵を使って、料理をつくる。その“循環”ができたらいいなあ」楽しそうに語る姿が印象的だ。
今後もまだまだ新しい展開を考えている。民泊として3号館まである「大谷山荘」に、ログハウスの4号館をつくりたい。裏の山に手入れをしてキャンプ地にしたい。お店のすぐ上にある高台広場でご飯を食べられるようにしたい。ドッグランをつくってペットといっしょにのんびり過ごせる空間をつくりたい……。
「この辺りはまるで“原始人村”だね、と言われることがあるんです。僕としても、本当に村のような場所にしたい。たくさんのお客さんに来ていただいて、くつろいでいってもらえたら」。
農業、料理、レストラン店内の模様替えや施設周辺の活用方法まで、とどまるところを知らない水田さんのアイデア。
湧き水のようにあふれ出てくる数々の想いは、きっとこの“村”を潤していくことだろう。これからどんな場所へと進化していくのか、ますます楽しみだ。