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加西の人々

食一色の人生が、誰かの食卓と人生を彩る

西村 章さん

食品衛生デザインオフィス

2020.12.26 UP

加西においしい甘酒を作るおじちゃんがいる。そう聞いて、加東市との市境、別府町にある「食品衛生デザインオフィス」を訪ねた。両手いっぱいに甘酒の袋を抱えて出迎えてくれたのは、おじちゃんこと西村章さんだ。

暮らしに寄り添う「食」を仕事に

「生まれてこのかた66年、ずっと食を追究してきました」と話す西村さん。

幼い頃から家の農作業を手伝い、食卓には畑で採れた野菜が並んでいた。
祖母が甕で仕込んだ甘酒をよく口にしていたし、栄養士の叔母は、当時まだ珍しかったサンドイッチやハンバーグ、プリンなどハイカラな料理を作ってくれた。
そんな環境で育ち、自然と食に興味を持った。

小学4年の時、調理実習で覚えたカレーピラフを家でも作り、家族に食べさせたら大好評。「うまい!」 そのひとことで、一気に食への道が開けた。

栄養士の養成学校に進み、すし屋で修行を積んだのち、弁当屋に就職。長年にわたり、商品の企画開発から食品の品質管理、営業までひと通りの業務をこなしてきた。
いつしか「経験と技術を活かしてセカンドライフでチャレンジしたい」という目標が芽生え、2004年、食品衛生コンサルタント会社「食品衛生デザインオフィス」を立ち上げた。

廃棄寸前の酒米からはじまった甘酒づくり

食品衛生の分野が未成熟な食品製造会社を対象に、製造工程と商品開発のサポートをおこなっていたが、引く手数多だったのは起業後4年ほど。どの会社も徐々に技術を身につけ、離れていった。
それなら、自分で商品を作って販売しようと方針転換を決意。納屋を改造して工場を構え、設備を導入。披露宴用の冷凍米飯をメインにオリジナル商品を開発した。

転機は2012年。加西市内に直営店を持つ製菓会社の社長から、「せんべいに使うはずだった山田錦が余っているから、何かに使えないか?」と持ちかけられた。山田錦は北播磨地域を主産地とする酒米で、「酒米の王様」と呼ばれるほど酒造りに適した品種。

せっかくの酒米を無駄にするわけにはいかない。そこでひらめいたのが、幼少期から身近な存在だった麹甘酒だ。折しも、発酵食が健康食品として脚光を浴びはじめた頃。導かれるように甘酒の商品化に取りかかった。

米と麹を混ぜて作る麹甘酒は、麹菌の発酵作用により米のデンプンが分解され、ブドウ糖になることで甘みが生まれる。酒粕で作る甘酒とは異なり、砂糖を使わない自然の甘みが特徴だ。
「甘酒は温度管理が命。麹菌の働きが活発になる温度に保つことで、しっかり甘くなります」。食品の特性を熟知する西村さんだからこそ、いいものが作れる。

技術だけではなく、食べる人の健康にも配慮する。米麹は原料米と同じ山田錦にこだわり、品質安定のためのペーハー調整剤に地元産のゆず果汁を代用するなど、安心して飲んでもらうために添加物は使わない。

せんべいとのセットで売り出した甘酒は、お供えものや贈りものとして少しずつ広まっていった。

加西の特産品で作る進化系甘酒

2018年、再び転機が訪れる。出雲から移住し、当時地域おこし協力隊として活動していた下江一将さんから、「加西の名物を作りたいので協力してほしい」と声がかかった。

地域ブランドのぶどう「ベリーA」や「加西トマト」など、加西は農産物が豊富。それらを甘酒とかけあわせたらおもしろいのでは? そんな提案を持ち込んだ下江さんと意気投合し、「フルーツ甘酒」の開発に乗り出した。

黒豆やモモ、イチゴなど近隣地域で手に入る農産物のほか、りんごや抹茶なども取り入れた。
ピューレ状にして甘酒に入れる、米と一緒に炊き込んでおかゆ状にしたものに麹を加えるなど、素材の性質によって加工法は異なるが、そこは腕の見せどころ。試行錯誤の末、素材の味が楽しめる進化系甘酒が完成した。

市内の飲食店や近隣のスーパーで取り扱われ、地域の新たな名物として知られるようになった。夏は冷やして、冬はホットで。朝食代わりにしたり、ノンアルコールだから子どものおやつにもなると好評だ。

厚意に甘えて試飲させてもらうと、清々しい甘さが口いっぱいに広がった。「おいしい」。
その言葉に顔を綻ばせる西村さん。「デンプンの多い山田錦は、甘酒にするとスッキリした甘さに仕上がります。ここが、ほかの米で作った甘酒との最大の違いなんですよ」。誇らしげに教えてくれた。

魅力あるまちと地域の食文化を次世代へ

西村さんイチオシの甘酒だが、2020年春以来、コロナ禍で売り上げが激減。もちろん、ほかの商品も打撃を受けた。

だからといって、立ち止まるわけにはいかない。
将来は自分たちで育てた作物を加工販売したいと考えていた西村さん。所有する5反の畑でカボチャやキクイモ、生姜などの栽培をはじめた。

「昨今、市外に出て行く若者が増えました。加西に魅力的な産業がないからでしょう。これからは地域資源を活用した6次産業化が求められる時代。大学で知識を身につけた子どもたちが帰ってきて地域を盛り上げてくれるよう、その土台を整えるのが私たちの役目だと思っています」。そんな思いも込め、土を耕す。

「甘酒などの発酵食品は、日本の良き伝統食。甘酒づくりに力を入れたのは、若い世代に知ってもらうきっかけになればという思いもありました。播磨地域では祭りの時に飲む甘酒ですが、祭りといえば鯖寿司も昔から食されてきたもの。かつてこのあたりではカンピョウの生産も盛んで、ゆうごう汁という郷土料理もあります。播州地鶏を使った炊き込みごはんも有名ですね。そういう地域の食文化を、未来を担う子どもたちに伝えていきたい。それが食育、ひいては地域愛につながると思うんですよ」。

会社の事業コンセプトは、「地域の食文化の継承」。西村さんが商品を手がける背景には、ふるさと加西を思う気持ちがある。

ピカイチの技術と人柄が人を惹きつける

最近では、コチュジャンや冷凍卵焼きなど新たな商品開発に取り組み、経営は持ち直してきた。甘酒の噂を聞きつけたカフェ経営者から、店の目玉にしている生姜で甘酒を作ってほしいという依頼もあった。

「おいしいものを作る技術は持っていると自負しています。でも、私一人の力ではここまで来られなかった。きっかけをくれたみなさんのおかげです」。
そんな謙虚な人柄が、人を惹きつけるのだろう。

販路開拓や設備の確保など、課題はもちろんある。春からはじめた畑は、土地はあっても人が足りないのが悩みだ。でも、西村さんのまわりには、そのピカイチの技術を信頼して集まった仲間がいるし、これからも増えていくはずだ。

食一色の人生を歩んできた西村さん。
 「食品に関しては、テーマを与えてもらえればなんでもできますよ」。長年の経験からくる自信が、その人懐っこい笑顔ににじみ出ている。
西村さんが思いを込めて生み出す商品は、色とりどりのフルーツ甘酒のように、誰かの食卓と人生を彩るのだろう。

甘酒のおじちゃんは、“食のエキスパート”だった。


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